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本歴

小さい頃から、図書館によく連れられました。

 

私がよく連れられていた図書館はレンガづくりで、入るとすごく高い天井の図書館でした。

 

絵本は、「ティモシーとサラ」シリーズをよく読んでいて、芥川龍之介の「魔術」とかも読み聞かせをしてもらっていました。

「かぎばあさん」シリーズも大好きだし、高学年になるとアンドリュー・ラングの童話やダイアナ・ウィン・ジョーンズ(ハウルの動く城の人です)、「世にも不幸なできごと」シリーズ、南洋一郎訳の「アルセーヌ・ルパン」シリーズを読んでいました。宮沢賢治も好きだったし、新美南吉もよく読みました。

 

そんなわけで、図書館は私が子ども時代に幸福に過ごした場所の一つであり、また今でもずっといられる場所の一つです。

 

(ここから本歴)

【中学時代】

伊坂幸太郎にハマっていました。

知らないけどこれから知ることになるかもしれない人、と、もしかしたらすれ違っているのかも!!?  という感覚が好きで好きで。

 

アヒルと鴨のコインロッカー

とか特にそうです。神様をコインロッカーに閉じ込める、という発想も好きだし、「君は彼らの物語に飛び入り参加している」という指摘も好きでした。「僕たちは自分がまるで主人公のように暮らしているけれど、他の人からしたら僕がサブなのかも」という(趣旨の)言葉に感銘を受けていました(笑)

 

ノルウェイの森

中学3年生のときに出会った村上春樹の「ノルウェイの森」はまだうらわかき私に「女の子と男の子」をすごく意識させたし、「大学生」とか「東京」の自由さにものすごい憧れを抱きました。村上春樹はよく「あちら」「こちら」の行ったり来たり、だと言われますが(文学評論家とか心理学者に)、当時私は「あちら」に行きかけていたので、この物語はすごく頼りになりました。

 

【高校時代】

にびっくりしたのは、桜庭一樹の「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」です。この小説はもうはちゃめちゃで、ライトノベルに近かったような気がします。一番印象に残ったのは「高校生になったら私の顔が美形になっててうおっとなった」という主人公の女の子のセリフ。顔はかわいくても中身は変わっていないじゃん! ってツッコミをいれていました。「そんなことがあるのかな〜?」と思っていたら、ある日私も鏡を覗き込んで「うおっ」となった瞬間がありまして...笑

外見が中身を通り越してしまうことってあるんだなぁということに驚きました。

 

この頃も相変わらず「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険」「ダンス・ダンス・ダンス」「中国行きのスロウ・ボート」「ねじまき鳥クロニクル」「パン屋再襲撃」などなど村上春樹を読みまくっていました。

けれど、村上春樹や(ほかに)小川洋子の影響で、外国の小説もいくつか読みました。

シュリンクの「朗読者」、V.E.フランクルの「夜と霧」、ディケンズオリバー・ツイスト」、フィッツジェラルド「グレート・ギャッツビー」、カミュ「異邦人」、モンゴメリ赤毛のアン」、デュラス「愛人」....。日本人だと宮本輝の「錦秋」とか夏目漱石の「こころ」とか。

 

【大学時代】

は全然本を読んでおらず、読まなければと思って焦る毎日です。

読んだ中で印象に残っているのはブローディガンの「西瓜糖の日々」、ヨースタイン・ゴルデルソフィーの世界」、アゴタ・クリストフ悪童日記」。日本人なら夏目漱石の「三四郎」、大江健三郎「芽むしり仔撃ち」です。新書はアマルティア・センを1年生のときに読み、その他はだらだらとエッセイばかり読んでいました。

 

最近はThe catcher in the Rye 、ホテル・ニューハンプシャー、Tuesday 's with Morry を読もうとしています。

カズオイシグロは手をつけようと思いつつ読んでいない...、

マリオ・バルガス・リョサオルハン・パムクも読みたいと思いつつ読めていません...ああ、もどかしい。。

 

感性が生きているうちにいろんな本を読みたいな。