健康よりもHealthの方が語感がいいですよね。
ということで今日は健康について考えてみたいと思います。
私のからだ。私の心。私の細胞。社会的な私。
人生の中で、たとえば
赤ちゃん→幼児→少女→女の子→女性→妻→母
という過程があると思うのですが
これは→の方向通りに変わるのではなくて、母でありながら女性でもある、みたいに複数の役割やキャラクターをもつことになりますよね。
でも次第に子どもやパートナーとも関わっていくことだから、その度にキャラクターだけでなくその関係性すらも変わっていくことになります。
健康の本質は変化に付き合っていくこと、ではないでしょうか。
どこか病気になって、治療をしましょうということになった時 それはどこかが「悪い」のかというと、そうとも言い切れないのでは...? と思います。
私たちが死ぬことや痛みや辛さを引き受けることは生まれたことの義務とか権利の一つであり、それがやわらぐと本人が感じるならばそうした辛さをやわらげることは大事なことなのではないかなと思うんです。
どこかの「ゆがみ」はゆがみとして知られる必要があるし、それが社会的な、国家くらいの大きな枠組みのゆがみなのか関係性のゆがみなのかは知る必要があるのかなと。
マッサージや温泉の効能は私たちのゆがみをほぐしてくれることにあるのではないでしょうか。日常を離れて、自分の身体に向き合う時間(物理的なものとしてほぐす・あたためる)があることで、私たちは身体とこころの調子を戻すのではないかと思います。
私の最大のテーマはたぶんこれで、
共生、行ったり来たり、時代からみた現象、人間の営み、メンテナンス、調整、mediate、境界
とかそういうテーマになるのだと思います。
まとまらなくなっちゃったけど
つまり健康って深いですねって話です。