情熱のピアニズム/第七帝国

今日は飯田橋ギンレイホールで映画を観てきました★

 

ふらっと何も考えずに映画館に寄るのは久しぶりでした。

 

「情熱のピアニズム」はペトルチアーニというジャズピアニストのドキュメンタリーです。

ピアニスト自身が健常者、ふつう

という言葉をよく使っていて

嫌でも「自分」とか「個性」に向き合わなければいけないところが興味深かったし、一人に迫るドキュメンタリーならではなのかなと思いました。 もっと広まってもいい映画だと思うし、この映画を映画館で見れてとても幸せでした。

あとはやはり、ふつうより下にいるのが障害者、それとは違う特別な人になることも目指せるのだと。そんな風に追い込まれるのは、やはり「ふつう」じゃない人なんだろうな..という気がします。

ジャズの軽やかな音楽に載せられて、シリアスでも全然シリアスじゃないようにみえる。

難しいこと、困ったこと、そんなことを飄々と流すことのできる人・ものに憧れます。

 

第七帝国

はピアノ伴奏つきのサイレント映画です。

サイレント映画をみたのははじめてでした。セリフが音として聞こえないって面白いのかなあ 思っていたけれど、

なんだかみていて幸せになりました。

個人的に、この「第七帝国」は「だらだら観れる」映画だと思いました。映画をわざわざ「鑑賞」しなくても、なんとなく大事なこととかがあって、おきまりだけどハッピーエンドという、安心して観れる映画です。

「戦争前なのにそんな感じでいいのだろーか」とかも思うのですが、

気合いを入れずに観れるって案外大事なことなのかもしれない。

 

何も考えなくてもそこにいられる、

受け入れられるってとても大事なことなんだなと思いました。

 

果たして就活でそういうことがどの程度許容されるのかは謎ですが。

 

12月は岩波ホールで「女の一生」、

アップリンクで「エンドレス・ポエトリー」を観られればと思います。

映画も暇なうちにいっぱいみておこー!

感傷的な

私はどこか人の思う通りにならなくて

くだらない質問ばっかりして

いろんな人を傷つけてる

と思う人がたぶん多いのだけど

私だってちゃんと傷ついているのである。

 

それは生身のまま、

皮膚が裂けたみたいにパックリと

不気味な傷になっていて

そんなことは誰にも見えない。

神様にも見えない。

 

神様がもし私の傷を知ることができるなら、その信徒は大馬鹿者だと思う。

 

想像力の限界とかなんとか言う前に、

誰にもわからないかなしみを

遠くからそっと眺めていてほしい。

 

私はいい人でありたい。

格好つけることなく孤独を知れる人でありたい。

優しく話すことができればいい。

 

いつか誰かのために手を振れる人間であれますように。

地獄変

久しぶりに芥川龍之介を読みました。

小学生の頃に「トロッコ」「アグニの神」「杜子春」「蜜柑」「白」「魔術」「鼻」といった作品を読み、

「ふーん 芥川すごーい」

といったばなな並みの感想を持っていた私は、

中学生の頃に朗読コンテストで「羅生門」を読み、審査員の方から

「老婆のセリフがうまい」

というコメントをいただきました。

(内容は全然わかっていなかった)。

 

地獄変は「芸術に身を捧げた絵師が自分の娘が焼かれるところを絵にする話」というあらすじだけ知っていて、

中高生にもなると海外文学とか村上春樹がカッコいいお年頃だったので

「芥川は今読まなくていいかな」とか思っていました。

(あと今昔物語とかを改変するやつを読むくらいなら「伊勢物語」とか読まなくちゃいけないかなあ..とか思っていた)。

 

地獄変」は良秀(猿)が頭を下げてたあたりから、「こいつか!」とか思ったのですが、信頼できない語り手の話は本当に好きです。

 

良秀(人間)がなぜ弟子に動物をけしかけたのか、それすらも藪の中なのかはわかりません。。

やっぱり良秀は言うほど悪い人間ではないなぁと思ったし、

徹底した悪を探すよりも、人の深い哀しみを書くことや、想像することの方が人間にとっては難しいのかもしれません。

 

また短編ながら、その人物の複雑性を描ききっているところはさすがで、モーパッサンとかもそうですけど、短編が上手い人は人物の観察が丁寧です。

 

なぜ猿なのかとか、もう少し暗喩的なところを知りたいですねー。

 

実は夢野久作の話よりも「河童」とかの方がこわいのでは、と思いました。

 

 

私が国際系学部に進んだ理由。

暇つぶしに。

 

1)ニュースを見ていて、一番わからなかったから。

 

北朝鮮が悪いとか、ISが悪いとか、善悪とかそういう価値基準に収めるのは簡単だけど、その背景には何があるのか、ほんとうのことはなんなのかが知りたかったから。

 

2)文系の他の学部に興味がなかったから。

 

法学部→法が全てとかいただけない

経済→興味ない

経営→会社を研究対象に絞る意味がわからない

文学部文学科→本はいつでも読めるし、読んだことに干渉されたくない

教育→教師を信用していない

 

国際系→なんでもできるの! すてき!

(一般教養で法学と文学と教育系と経営の単位を取った。経済は落とした)。

 

§進んでよかったこと

 

1)好きなことや興味のあることを探すことができる

 

専門的にこれやりたい! という人も対応できるのではないかという気がします。一口に「国際」といってもコミュニケーションに興味があるのか、開発経済をやりたいのかで随分変わってくると思います。私は昔、漠然と「戦争はなんで起こるんだろう?」と考えていましたが、今は近代化に興味を持っています。

自分がほんとうに好きなこと・興味のあること、知りたくありませんか?

 

2)英語は全てではないと悟れる。

 

世界の知識や体験は当たり前かもしれないけど、英語だけではありません。その言葉や風土は新しい光景を見せてくれます。まあ、英語がわかることも大事なんですけどね。

 

§他学部のここが羨ましい!

 

1)購読でドイツ語文献とか扱えるのは羨ましい。

 

まあ大学のレベルや専門性のレベルにもよりますね。

 

2)創作系が羨ましい!

 

絵画も音楽も文芸も、私の所属するところでは表現まではできないので、そのことができるのは羨ましいです。

 

3)学際プログラムがあるのが羨ましい!

 

たとえば環境問題とかは文理両方はもちろん、政治・経済・工業といろんな面から関わることができるのがいいですよね。ウェズリアン大学とかが羨ましいです。

 

§増える「グローバル◯◯学部」に物申したい!

 

グローバルなことは必ずローカルに原点があるんです。。華々しく見えるかもしれないけれど、それは哲学からはじまった問いだったりします。答えのない問いに向き合える力をつけさせてくれる学部学科であり続けることを願います。

 

 

おわり

This is Halloween

NIghtmare Before the Chiristmas のThis is Haloween を聴きながらブログを書いています。

ついさっきレポートを提出できました 。

ぎりぎりだった・・。

「あれ、もう過ぎていない?」とかいう声を聴きながら手伝われ、提出しました。

からだめぐり茶が身にしみる・・・。

 

今日はフランス語の授業でしたが、あんまりうまく訳せず落ち込みました。

きちんと勉強する時間をとろう。

うう・・・。ユーロスターてなんや・・・、地名かと思たわ。

 

今日はこのあとゼミです。

そういえばまたくじを忘れました。

ああ・・・。

ハンナ・アーレント

ちくま学芸文庫の「人間の条件」を読んで絶望していました。はちみつです。

 

今日はテストが1つだけだったということもあり、強風の中帰宅して本を読んでいました。

 

ハンナ・アーレントは政治哲学者で、「エルサレムアイヒマン」とか「全体主義の起源」を書きました。

彼女はヤスパースとかハイデガーに師事し、哲学、神学、思想にまでその思考を広めた現代に最も近い「知の巨人」です。

 

アーレントに関して様々な書籍が出版され、現代社会の問題点を論じていますが、彼女の書いたものを読まずして、入門書を読むことは間違いかねないので、(とはいっても訳書ですが)「人間の条件」を読むことにしました。

 

先に全体主義について読んでもよかったのですが、まずはハンナ・アーレントの思考体系を辿る方がいいかと思い、こちらから読むことにしました。

 

というのも、ハンナ・アーレントに関してその考え方やキャリア、体系がどのようにして全体主義の要素を分析するにあったのか知りたかったからです。

 

読んでいるうちに、古代ギリシアの物の考え方、奴隷制ソクラテスプラトンアリストテレスホッブズなど理解が難しい人たち・概念に出会い、途方に暮れています。

 

やはり神学から哲学に入った人の体系は広くて深い...気がする。

 

とはいえ、時々ものすごく光った文章や、考えがあって、その他のところも味わえればその方がいいのですが、そういう文章を何度も何度も読むことがとても楽しいです。

 

しかし、やはり指標のない哲学は、どのように考えていったらいいかわからず、迷います。

 

大学で哲学を学べる人が羨ましいですねー。

春にして君を離れ

アガサ・クリスティーのロマンティック・サスペンスを読みました。殺人のないミステリーの方が好きかな。

 

解説で栗本薫が「哀しい小説」といっていましたが、私は「恐ろしい小説」だなあと思いました。

 

この話しとモーパッサンの「女の一生」はかなり似ていて、でもものすごく違う点があります。

主人公はどちらも世間知らずの自己完結型女性です。名前もジャンヌとジョーンで似ています。ジョーンはジャンヌの英語読みですね。

 

ストーリーは大まかに、娘の手伝いにバグダットまで行った女性が帰路に着くまで、いろんなことを思い返すお話しです。どちらの女性もほとんど成長しません。とはいえ違うのは、ジャンヌは共感から批判的に書かれるのに対して、ジョーンは批判的から共感できるように書かれていることです。ラストのエピローグでは、ロドニーが少し嫌なやつに見えてしまいました。

ジャンヌは自分の中できちんと悪いものを悪いと思っているわけだし、苦しんでもいるわけですよね。

彼女のような生き方を無下にはできないところが恐ろしいと思います。

 

ただ一方で 娘たちが反発するのもよくわかるし、旅先で出会った人の言葉もはっとするような文章が多くあります。

ジョーンは今度、夫が死ぬまで内面的なヴィジョンを見ることはないでしょう。

それから公爵夫人に好感を持ちました。

 

徹底的におちぶれてほんのわずかな希望を与えてくれるのはモーパッサンの「女の一生」ですね。

 

どちらも夫婦関係はひどいものですが、それにしてもロドニーとジョーンの関係は哀しいです。

自分の弱さが似た者同士ゆえであり、だから夫婦でいることは、結婚に対してものすごく悲観的なものに思えます。

エイブラルが幸せであればいいのだけど。

 

そしてきっとこの話しがどこか遠くに思えるのは、自分にもあるそういう、狭くて自己完結している嫌な面について触れないでいるという、まさにジョーンと同じことを読者がしてしまうようにできているからでしょう。

こういうことは共感できるように書かなければできないことです。

 

もっと多くの人にこの小説が読まれて欲しいなと思います。